これほど上機嫌でメディア対応する八村塁の姿を見たのはいつ以来だろうか。 1月31日、殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンで行われたニューヨーク・ニックス対ロサンゼルス・レイカーズ戦後のこと。この日、19得点、9リバウンドという活躍で移籍したばかりのレイカーズの勝利に貢献し、手応えを感じたのだろう。普段は記者と話すよりも自身の時間を大事にするタイプの八村だが、ここでは日米のメディアを相手に珍しく淀みなく言葉が流れ出てきた。 「今シーズンでは僕が一番、自分のゲームができた試合でした。オフェンス、ディフェンス、そしてリバウンドの部分でも、チャンピオンシップ(優勝が狙えるレベル)のチームでこういう結果が出せたっていうのはすごくいいこと。ずっと続けていきたいと思います」 ワシントン・ウィザーズ時代には1試合30得点も2度マークしたが、それでも今戦が“今季最高のゲーム”と言い切ったことはゲームの背景を考えれば理解できる。 “キング・ジェームズ”の絶品アシスト 8日前、ウィザーズからレイカーズに電撃的にトレードされた後、レブロン・ジェームズ、アンソニー・デービスという2大スーパースターと一緒にスタメンを張ったのはこれが初めてだった。そのゲームでFG8/12、鍵になる3ポイントシュートも2/4と高確率でを決め、オーバータイム(延長戦)では相手ショットをブロックする見せ場も作った。何より、“キング・ジェームズ”ことレブロンのアシストから5本ものFGを決め、大黒柱とのフィットの良さを感じさせたのは大きかった。 「(レブロンは)得点力はもちろんあると思うんですけど、パスの能力も凄い。ラス(ウェストブルック)もそうですけど、そういう選手と一緒にやることで、僕の持ち味がもっと出てくる。今日はそういう意味でいい試合だったんじゃないかなと思います」 そういった八村の言葉通り、NBAの通算得点記録更新に刻一刻と迫っているレブロンだが、生粋のプレイメーカーでもあり、もともとパスが大好きな選手である。そんな選手とうまく噛み合えば、イージーバスケット(容易な形での得点)が増えることは必至。そもそもレイカーズが八村を獲得した理由はそこにあり、フィットの良さが早くも示されたことこそが背番号28の好ムードの要因だったのだろう。 「塁は短期間に本当に多くを経験したから、少しスペースをあげて欲しい」 このニックス戦の開始前、レイカーズ広報から実はそんなリクエストを受けていた。結果として、この日の八村は上機嫌だったことから、私たちメディアもスペースを与える(=ゲーム後の取材を見送る)必要はなかった。それでもまだ24歳の若者が、激動の数日間を過ごしたという事実に変わりはない。 2019年6月、ドラフト1巡目9位で指名されて以来続いてきたウィザーズとの蜜月は少々あっけない形であっさりと終わりを告げた。振り返ってみれば、八村にとって3年目となる昨季の前半戦、“個人的な理由”で長期休養したことがやはり“終わりの始まり”。日本人選手を抱えるビジネス面の恩恵まで含め、“長期視野でチームの主軸へ”というウィザーズ側の期待感はそこで半ば潰えたような印象があった。 その後、脇役に追いやられたワシントンDCでの日々にはフラストレーションを隠さず、おそらく自らが主役になれる機会を求めていた八村にとって、即座の上位進出を目論むスター軍団のレイカーズがベストの環境かは意見が分かれるところかもしれない。 ただ、たとえそうだとしても、新天地でのモチベーションがウィザーズ時代とは比べ物にならないくらい高いことは八村自身の言葉から伝わってくる。 「ウィザーズの時も、(本拠地に)レイカーズが来るといつもレイカーズのファンの方が多かった。テレビでも全米中継でいつもやっているところはウィザーズとはまた違う。おかげで試合に集中できるのはいいと思います」 激闘を終えた渡邊雄太から“おねだり” 1月30日、渡邊雄太が所属するブルックリン・ネッツとの試合後、「(渡邊から)僕のジャージーが欲しいって言われたんです」と嬉しそうに明かしていた。八村がほとんど自慢げに語っていた通り、選手側からみてもレイカーズの一員というステイタスにはそれだけの魅力があるのだろう。リーグ最多タイの17度という優勝回数を誇る超名門チームへの移籍は、少々停滞し始めていた八村のNBAキャリアを再加速させる絶好のチャンスであることは間違いない。 「俺はトップ10に入っているプレーヤーじゃないと知らない。(八村の)プレーは見たことがない。ウィザーズの試合は見ていないからね」 八村の移籍後、レイカーズ時代に3度の優勝を果たしたレジェンド、シャキール・オニールがそんな不躾なコメントを残して物議を醸したが、ウィザーズとは比較にならないほど注目度の高いチームでのプレーですべては変わる。まだ伸びしろを残した八村は、ここで真の意味で全国区になるレールに乗ったと考えることもできるはずだ。 もっとも、そういったパワーハウスに所属するということは、同時に求められるものも大きくなることを意味する。期待に応えられない場合、反発や批判の声も莫大になる。そんな環境で八村が成功するための条件はシンプル。何より、ニックス戦で示したように、レブロンとの間にケミストリーを奏でられると証明する必要がある。 八村獲得にご満悦のレブロン「素晴らしいピース」 「(八村の)チームにもたらす能力を毎晩発揮してほしい。僕とAD(デービス)は“最初から積極的にいけ”と伝えていたが、実際に最初から最後までアグレッシブだった。そのパフォーマンスを最後はブロックで締めくくった。彼は素晴らしいピースであり、私たちが獲得できたのはラッキーだったのだろう」 ニックス戦後、マディソン・スクウェア・ガーデンの会見場に登場したレブロンはそう述べ、八村の貢献にご満悦の様子だった。 端的に言って、レイカーズでの八村の役目はこのように“キング”を上機嫌に保つこと。レブロン、デービスという2人の超越的なスターが作り出したスペースを生かし、得点し、速攻のフィニッシャーになれればチームにとって大きい。それらをより効率的にやるために、今季はやや低調な3Pをより効果的に決めることも重要になってくる。 また、サイズ不足だったチームにリバウンド力を供給することも求められてくる。ニックス戦、2日のペイサーズ戦では2戦連続で9リバウンドずつをゲットし、まずは好スタート。これらの仕事を攻守両面で継続して遂行できれば、レイカーズとそのファン、関係者に有用なピースであることをアピールできるはずである。 レブロン、デービス、八村が揃ってスタメン出場したニックス戦、ペイサーズ戦では2連勝と、新体制のレイカーズはまずは幸先良い船出となった。5日のペリカンズ戦を終えた時点で25勝29敗でウェスタン・カンファレンス13位と苦しんではいるが、大混戦のカンファレンス内で4位まではわずか4ゲーム差。今季は故障者もあって出遅れたものの、そこまで悪いチームには見えず、これから追い上げ態勢に入ってくるのではないか。 この上昇機運のチームの中で、“主役”ではなかったとしても、八村も鍵を握る1人であることは間違いない。 「今日の試合(ニックス戦)が終わった後もプレイオフを目指そうと話したんです。このチームは絶対、チャンピオンシップのチームだと思うので、その一員として頑張っていきたいなと思います」 目を輝かせてそう述べた八村の好ムードは、ウィザーズとは一段違う重圧下のゲームの中で続いていくのか。ネッツで渡邊がケビン・デュラントからの信頼を勝ち得たように、八村もレブロンとの間にケミストリーを奏で、チームの逆襲に一役買えるか。 “Go West, young man”=野心のある若者は「西へ行って力を試せ」。そんな19世紀のアメリカ西部開拓時代のキャッチフレーズ通り、西海岸に羽ばたいた八村にとって、レイカーズで過ごすこれから先の数カ月間は極めて重要な時間になる。 レブロンという歴史的英雄のパートナーの1人となり、NBAプレーヤーとしての真価がはっきりと問われる期間。後にキャリアの分岐点として振り返られるであろう時間は、まだまだ始まったばかりである。