「また再放送か!」――アニメファンのSNSで落胆の声が続いている。昨年から「ブラッククローバー」「異世界おじさん」などテレビアニメの放送休止・延期が相次いでいるのだ。 休止には至らなくても、1クール(3カ月)12話のなかに総集編が差し込まれたり、予告されていた放送開始時期そのものが延期されることも珍しくない。アニメ業界に何が起こっているのだろうか? 放送・配信の休止・延期の理由は「新型コロナウィルス感染拡大」、それも中国での状況を受けて、というものが多い。しかし中国のゼロコロナ政策が転換され、感染が急拡大したのは昨年末のことで、その影響がこのタイミングで出てくる事に疑問を覚える読者も多いだろう。そのからくりを理解するためには、アニメの制作工程を押さえておく必要がある。 中国で作業した素材が届かなければ多くのアニメ制作がストップする アニメの基本原理はパラパラ漫画だ。1秒間に24フレーム(コマ)の絵が必要で、日本のテレビアニメでは3コマ打ち(3コマ分同じ絵を映すこと。つまり秒間8コマ)、2コマ打ち(秒間12コマ)の動画を用意することが多い。カメラを回せばひとまず映像が撮れる実写と違ってアニメでは膨大な数の絵を用意する必要がある。 国内のアニメスタジオは主に、動く絵のベースとなる「原画」(キャラの表情や動きのキーとなる絵)と、その原画と原画の間をつなぐ「動画」(その1枚1枚を中割と呼ぶ)の一部を制作するが、動画の大部分の制作や、それをスキャンしコンピューターに取り込み色をつける「仕上げ」作業を、海外、特に中国に発注してきた(上記図の右から3つめと2つめの項目)。 つまり中国で動画・仕上げ作業(以下「動仕」)が完了した素材が届かなければ、その後の撮影・編集などは進められない。アニメを作る工程の終盤にあたるこれらの作業がコロナ禍でストップしたため、今になって放送の休止・延期が相次いだようだ(さらに言えば、2月には中国の旧正月があり動仕会社が休業となるため、さらにリカバリーが難しかった背景もある)。 ただ中国でのコロナ禍の急拡大という突発事態が原因であれば、時間が経てば状況は改善するはずだ。ところが国内で“動仕”を専門に手掛ける制作会社の経営者は「あくまで1つの見方」と前置きした上で「日本のアニメ業界がいまだに手描きの原画に頼ることが放送休止・延期につながっている」という。 「アニメ制作工程はどんどんデジタル化が進んでいますが、今でも原画の多くは紙に鉛筆で描かれたものです。しかし鉛筆のアナログな線は現在の高精細なデジタル映像に用いるには曖昧で、中割を作る際に“動仕”の業者が修正する必要がある。原画の枚数が足りないことも多く、それも業者が補ってなんとか自然に動いているように見せているのが現状です。原画の担当者にデジタル対応を求めたいのですが、制作本数が増えて原画が描けるアニメーターは取り合いになっており、そんな要求をしたら『別の仕事を受けるからいい』と言われてしまう状況なんです」 日本のアニメ作品のほとんどは「基準に達していません」 アニメ作品といえばジャパンカルチャーの花形という印象も強いが、実はクオリティの面で世界に遅れを取りつつあるという。 「Netflixをはじめとした海外配信大手の映像クオリティに対する要求スペックは非常に高くなっています。しかし高予算作品を除いて、日本のアニメ作品のほとんどは解像度やフレームレートの点でその基準に達していません。海外の視聴者からすると、ストーリーは良くても映像はちょっと古ぼけて見えているはず。世界基準のハイクオリティな映像を作るための原画を、日本のアニメスタジオが十分に生み出せなくなりつつあるんです」 もちろん「Netflixオリジナル」と銘打たれる高スペック作品は世界標準の映像クオリティを満たしているが、それらは年間300タイトル前後生まれる新作アニメのごく一握りだ。 さらに、アニメ制作の中で手描きの「原画」が重視され、動画や仕上げを海外に依存してきたことにも危機感があるという。 「日本のアニメスタジオのほとんどは、原画や背景美術などに特化しています。それらは確かにアニメの根幹を作る重要な仕事ですが、あくまでも中間成果物であり、そのままではアニメになりません。“動仕”があってはじめてテレビ局や配信サービスに納品できる最終成果物=アニメ映像が生まれるのです。その重要な工程を人件費が安かった海外に依存し、国内にノウハウが蓄積されていないのも非常にまずいと思います」 「“動仕”の海外依存率は、感覚値で全体の8割以上だと感じています」 テレビアニメの年間タイトル数は近年300本の大台を超え、加えて劇場アニメも年間70タイトル以上制作されるようになっている。それらの映像作品の大元となる「絵」を生み出す原画担当者は、アニメ制作ソフト開発会社の調査( http://animationbusiness.info/archives/10076 )によれば5,000人程度。 『サイバーパンク: エッジランナーズ』などを制作したTRIGGER取締役の舛本和也氏は「“動仕”の海外依存率は、感覚値で全体の8割以上だと感じています。また原画マンの数も絶対的に不足しており解決が急務」と話す。TRIGGERでは社内に、原画・動画の担当者を抱え、今回のような不測の事態に対応できる社外のネットワークを構築しているが、多くの中小のスタジオはそのような備えが無いのが実際のところだ。 アニメの放送休止・延期は、中国の状況が収まれば一時的に沈静化する可能性はある。しかし国内でアニメ制作が完結せず、しかも原画の多くが手描きであることによって制作に多大なエネルギーがかかる構造自体が変化しなければ、いつ再発してもおかしくない。 そしてコロナ禍は終わっても国際情勢の変化など長期にわたる影響が出た場合、現在のようなタイトル数を維持できなくなり、日本のコンテンツ発信力そのものが低下してしまう可能性もある。 優れた職人たちによる「手描き」の文化は、多くの名作アニメを生み出してきた。しかし少ない作り手で膨大なアニメ作品を作り続ける現在の制作環境においては、ボトルネックになりかねない。制作工程のデジタル化、AIを用いた中割などの自動化、地方も含めた制作拠点の増強など一朝一夕に解決できない事柄が多いのだが、日本のコンテンツパワーの源であるアニメ文化が発展していくためにも、対策が急がれるところだ。 (まつもと あつし/Webオリジナル(特集班))