Friday, September 22, 2023

河合塾からのアドバイス 京大入試の数学「素朴な思考と高度な思考がすみ分け」

2023年は、社会の中に新型コロナウイルスが共存する形で、目まぐるしく、もとの日常を取り戻していった年であったように思います。その中で、子供たちを取り巻く環境は、インターネット配信やダブレット学習など、教育のデジタル化が著しく進化し、新時代の学習環境が誕生していると感じます。 2023年の京都大学の入試(数学)においては、昨年に引き続き、受験生に問いたい本質的な内容に変わりはありませんでしたが、かなり以前にあったような高度な内容を問う出題が復活しつつあるように感じました。 例年、文系は5題、理系は6題を出題しており、問題量が他大学と比べて多めではありますが、昨年と同様、文理とも出題の約半分は、基本的な考えの組み合わせから成る素朴な構成であり、どの問題も受験生に問いたい力が明確でした。たとえば、「題意を正確に把握する」「論理的または直感的に発想する」「的確に方法を選択する」、そして「正確に計算する」などの力です。 今年は、理系は5番、6番の難易度が高く、文系は1番の問2、3番が計算方法に工夫がいる問題でした。 特に理系の6番はチェビシェフ多項式に背景をもつ問題であり、その知識を持っていた受験生には多少、有利ではありましたが、「何に注目して論証するのか」という受験生が自らアイデアを出す部分はしっかり残っており、難問でした。 注目するための手かがりとして、(1)がありましたが、昨年の6番の具体的な計算結果(実験)から、何を読み取り(予想)、その正しさをどう説明するのか(証明法)という出題の意図を今年も感じることとなりました。 文系の1番の問2は、分母の有理化という典型的なテーマにもかかわらず、分母に設定されている無理数に工夫がなされており、序盤から純粋な「計算」に頭を悩ませる受験生は少なくなかったのではないかと思います。 また文系の3番も、計算方法や論証方法の大半は受験生の判断に委ねられており、的確さ、正確さで差が出るような問題でありました。 改めて京大入試を振り返ると昨今は、高度な数学力を問うだけではなく、典型的な題材で、的確な判断や計算方法、論理的な説明を求める出題が多くなったと感じます。 京大が発表している「出題意図」には、「『求値問題』でも答えに至る論理的な道筋も計れるように出題しています」とあります。京大は受験生の思考力を答案作成という形で積極的に見たいということでしょう。 そう考えると、5題ないし6題という多い量の出題の中で、素朴な思考や計算を問う問題と、高度な思考や技術を問う問題で、すみ分けがなされていることに納得がいきます。 京大の「対話を根幹とした自学自習」「優れた学知を継承」という精神から考えると、受験生の答案は、大学にとって「継承」の証であり、その採点は「対話」ということでしょう。 だからこそ、受験生には、誠心誠意記述することを大切にしてほしいです。また、その記述された思考過程に、無限の可能性が映し出されていることを確信しています。 私たち講師も難関に挑む未来ある受験生の可能性を心から信じ、共に伸ばして参りたいと思います。 河合塾数学科講師 西浦高志 大学受験科・高校グリーンコースでは東大・京大・医学部レベルの講座からハイレベル講座まで幅広く担当しています。また、「京大オープン模試」作成チーフやレギュラー授業の京大系テキストの作成を務めており、入試情報に広く精通しています。熱心な指導には定評があり、数多くの生徒から絶大な信頼を得ています。

モロッコ地震、救助隊の受け入れ限定なぜ? 旧宗主国フランスで物議

 北アフリカのモロッコで起きた地震をめぐり、モロッコ政府が外国からの救助隊の受け入れを限定したことが、旧宗主国のフランスで物議を醸している。モロッコは「現場のニーズ」を検討した結果としているが、仏側では冷え込んだ外交関係を理由に、モロッコが支援を断ったとの見方が強まっている。 【写真】「ホテル崩れて死ぬ」かと… モロッコ地震、新婚旅行中の日本人語る  モロッコが1956年に独立した後も、フランスは多くの移民を受け入れ、モロッコとの強いつながりを保ってきた。仏公共放送は11日夜、モロッコへの連帯をテーマにした特別番組を放送。仏植民地時代のモロッコで生まれたドビルパン元首相(69)が「現地の苦しみに心が震える」と被災地への悲痛な思いを打ち明けた。  マクロン仏大統領は地震発生翌日の9日、「モロッコで起きた地震に打ちのめされている」とし、フランスの捜索救助隊を派遣する意向を示した。しかし、モロッコ政府は10日、「調整不足の支援は逆効果」として、当面の救助隊の受け入れは英国、スペイン、カタール、アラブ首長国連邦に限ると発表した。  コロナ仏外相はテレビ番組で「モロッコからは何も拒否されていない」と否定したが、歴史的なつながりがある上に同じ仏語圏なのに救助の要請がモロッコから来ないことに困惑が広まった。仏側では、険悪な外交関係を理由にモロッコが支援を断ったとの見方が強まっている。

5カ月で早逝した「ようすけ君」 母の思い託した絵本再版へ

 生後5カ月で亡くなった男の子にちなんだ絵本が大切に読み継がれてきた。絵本のモデルとなったのは、20年前のイラク戦争を機に、ナガサキを語り始めた女性だった。「今こそ再版すべきとき」と当時、出版に関わった人たちが思い立ち、実現に向けて協力を呼びかけている。  女性は、京都府城陽市の真柳(まやなぎ)タケ子さん(79)。1歳の時に長崎の爆心地から1・8キロの自宅で被爆し、結婚を機に京都に移った。22歳で産んだ長男は先天性の心疾患で生後5カ月で亡くなり、「自分の被爆のせいでは」と苦しんだ。それでも「私には記憶がない」とナガサキを語ることに迷いがあった。  転機は2003年のイラク戦争。子どもたちの犠牲に心を痛め「戦争がどれだけ恐ろしいことか伝えなければ」と04年、母の上村吉(きち)さんから聞いた被爆時の話を基に、証言活動を始めた。  「真柳さんの語りを形に」。活動に感銘した佛教大の学生グループが発案し、京都精華大の学生も加わって絵本の制作を始め、「ようすけ君の夢」と題した物語を創作した。 ◇生き続ける亡くなった息子  主人公は京都で暮らす小学5年の少年。夏休みにナガサキから来たという「ようすけ君」と仲良くなる。戦争ゲームを始めたとたんに泣き出した「ようすけ君」は、夢で見た恐ろしい光景を語る。後日、少年の学校で被爆した女性の証言を聞く機会があり、その内容は「ようすけ君」が話したそのままだった。  女性の幼くして逝った息子は「ようすけ」。その後「ようすけ君」は消えた--。「ようすけ」は真柳さんの長男の名前だ。  被爆者と若者が協働した作品は08年、英仏語訳を添えて「クリエイツかもがわ」(京都市)から出版された。真柳さんは証言活動で活用し、小学校や図書館などにも寄贈した。「絵本が読み継がれることで亡くなった息子も生き続ける」と思ってきた。 クラウドファンディングで呼びかけ  証言を始めて20年近く、絵本の出版から15年。世界で戦争は絶えず、核兵器による威嚇もやまない。ウクライナで戦争が始まって1年余りたった今夏、絵本の再版プロジェクトが動き始めた。  代表は、初版当時の中心だった佛教大の学生を教えていた黒岩晴子・元教授で、「以前から再版の要望があり、今が時機だと思った」と踏み切った。ソーシャルワーカーとして関西に暮らす被爆者の生活支援や相談に長く関わり、平和を願う被爆者の思いを受け止めてきた。真柳さんとも相談して1000冊の再版を目指し、クラウドファンディング(CF)などを通じた呼びかけを始めた。  真柳さんは新型コロナウイルス禍で証言活動を控えていたが、7月にあった城陽市の平和イベントで再開した。ウクライナでの戦争は終わりが見えず、核兵器使用が現実になる危機感がある。「ようすけ君の夢」とは、核兵器や戦争のない世界。「この絵本を一人でも多くに、特に若い人に読んでもらい、平和がいつまで続くのか少しでも考えてほしい」と願う。  寄付はCFサイト「キャンプファイヤー」で10月17日まで受け付けている。【宇城昇】

タクシーなど外国人運転手を拡大 国交省「特定技能」に追加検討

 国土交通省は、人手不足が顕著なトラック、バス、タクシーのドライバーについて外国人労働者を活用する検討に入った。労働力が不足する産業で、即戦力となる外国人労働者の受け入れを認める在留資格「特定技能」の対象に、「自動車運送業」を今年度中にも追加する方向で出入国在留管理庁と協議している。人口減少で国内の労働力が不足する中、外国人材に活路を求める動きが加速しそうだ。  トラックなどのドライバーを巡っては、2024年4月から残業時間の上限が年間960時間に規制される。この影響で人手不足がさらに深刻化し、需要に合わせて人やモノを運べなくなる「2024年問題」が懸念されている。  全日本トラック協会、日本バス協会、全国ハイヤー・タクシー連合会の3団体は、それぞれ今春に策定した23年度事業計画で、特定技能の対象にドライバーを追加するよう求める方針を明記。これを受けて国交省は、不足している人手の規模や今後5年間の外国人受け入れ見込み数の把握、荷物の積み下ろしや客との意思疎通など業種に合わせた運転手としての技能試験の整備を進めている。 「運転手、とどめ刺すように急減」  厚生労働省によると、今年6月のドライバーの有効求人倍率は、トラック2・12倍▽バス2・10倍▽タクシー3・95倍で、全職業平均(1・12倍)を大きく超える。  若い世代の確保も急務だ。特にタクシー業界は運転手の平均年齢(22年度)が58・3歳で、高齢層が主力になっている。11年度に約34万人いた運転手(法人タクシー)は21年度は約22万人と10年間で3割強も減少。全国ハイヤー・タクシー連合会は「新型コロナウイルスの感染を恐れて高齢ドライバーの退職がさらに相次ぎ、近年はとどめを刺すように急減した」と訴える。  ドライバーとして働くには日本の運転免許が必要だが、客を乗せるバスとタクシーは「第2種免許」の取得が必須だ。試験は日本語のみで行われ、外国人にはハードルが高い。「言葉の壁」を抱える外国人が2種の試験を受ける場合にどう支援するのかや、安全運転の徹底策の検討が必要になる。外国人ドライバーを対象に研修の仕組みを設けるべきだとの声も出ており、制度設計が課題だ。  特定技能をめぐっては、政府は制度を創設した19年度からの5年間で、介護や建設など12の産業分野で34万5150人の外国人を受け入れ上限としてきた。24年度以降の上限は、各分野の5年間の受け入れ実績などを踏まえ今年度中に閣議決定する方針だ。これまでに産業分野が追加されたことはない。入管庁関係者は「外国人を安く雇うという発想ではなく、日本人も外国人も互いに『ウィンウィン』となることが理想だ」と話している。【横田愛、道下寛子、飯田憲】

紀子さま、57歳に 「子どもたちの希望へとつながる活動を」

 秋篠宮妃紀子さまは11日、57歳の誕生日を迎えられ、宮内記者会の質問に現在の心境などを文書で回答した。今後の活動を「未来を創る子どもたちに思いをはせ、希望へとつながるような活動にも取り組みたい」とつづった。改修後の秋篠宮邸に移らず、仮住まい先で暮らしている次女佳子さまについては「普段から折にふれてこちらに立ち寄って私たちと一緒に話をしたり、食事をしたりしています」と説明した。  この1年も多くの公的な活動に取り組んだ。関東大震災から100年を迎えた9月1日、東京都慰霊堂で行われた法要に秋篠宮さまと参列。「この年に限らず、過去の出来事や経験から学び、行動することを普段から心がけることがとても大切で、それが防災や減災につながる」とした。  7月下旬、新型コロナウイルスに感染したことについて「自らが感染したことによって、コロナ禍で大変な経験をされた方々が日本、そして世界中にいることに改めて思いをはせる機会になりました」と記した。  また、夏休みが終わったこの時期の子どもたちを気遣い「家庭や学校に加えて、子どもたちが信頼できる他者とつながる時間、自分らしくすごせる場所があることはとても大事です」と願った。  佳子さまがさまざまな公務に臨んでいることに「ひとつひとつの仕事に熱心に取り組む姿を心強く思っております」とし、結婚の話があれば佳子さまの話に耳を傾け、自身の思いを伝えたいとした。高校2年生の長男悠仁さまの進路については「自分らしく学びを深め、さまざまな経験を重ねながら、自らの関心や探究心を大切にしていってほしい」との考えを示した。  2021年に結婚し、米国で暮らす長女小室眞子さんの近況に関する質問には、昨年と同じく「本人の希望もあり、お答えは控えます」としたが、「遠く離れた場所で暮らしていますが、眞子の幸せをいつも願っております」とつづった。  旧秩父宮邸を再利用した秋篠宮邸は、秋篠宮さまが皇嗣になったことに伴う職員増加などに対応した改修工事が終了し、ご夫妻と悠仁さまは今春、宮邸に引っ越したが、佳子さまは隣接する仮住まい先で暮らしている。その理由を改修の規模や経費をできるだけ抑えられるよう家族で相談した結果と説明した。  改修工事では、宮内庁に旧秩父宮邸の意匠の美しい内装や外装を大切にすること、必要最小限の予算で行うことを希望したという。【高島博之】

だつりん先生、SNSから“発進” 県立高校でネットリテラシー講座

 大津市の自動車教習所が中高生を対象にSNS(ネット交流サービス)と正しく付き合うための「ネットリテラシー講習」に力を入れている。きっかけは、教習所の雰囲気を知ってもらおうと3年ほど前に始めた動画配信。「だつりん先生」のアカウント名で運転に役立つ知識や出来事を面白おかしく伝えると、SNSで10万人超えのフォロワーを獲得するようになった。“日本で一番拡散する”とうたう教習所が開くネット講習とは――。  「月の輪自動車教習所」は、新型コロナウイルス禍で一時的に閉めた2020年5月ごろから、動画投稿サイト「ユーチューブ」などを活用した動画発信に力を入れ始めた。指導員7人が撮影から編集までを担当。「だつりん先生」のアカウント名で、車庫入れのコツやタイヤ交換といった知識をはじめ、教習所でよくある出来事をパロディー化した動画をアップしている。  特に人気が高いのが「教習所あるある」シリーズ。「補助ハンドルあるある」では、運転補助の際、生徒が運転席を前後させるレバーを操作しようとして誤って席の背もたれを倒してしまう様子などを描いた。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」で再生回数690万回、30万の「いいね」を獲得。こうした動画を見て入校を決める者も続出したという。  一方、予期せぬ反応もあった。教習所の明るい雰囲気を伝えようとした動画では、運転をミスした生徒に対し、からかうような発言があったとして苦情が殺到。指導員らは、自分たちが面白いと思っていても一歩引いて見る人の感じ方が大切だと痛感したという。同時に、こうした「炎上」を防ぐには、教習所で教える「危険予測」が役立つことにも気がついた。  教習所では道路上の信号や歩行者、他車の動きなどの情報を認知し、適切な判断を瞬時にする危険予測を教える。SNSでもその手法を応用し、自分たちの実体験も交えて若者に伝えることができないかと考え、22年12月から中学や高校で出前授業を始めた。  具体的には、見通しの悪い交差点で「何が起こりうるか」と一歩先を予測し、運転の速度を落とすことは事故防止につながる。SNSも同じで、一歩先を冷静に予測し、十分に確認することで炎上の可能性を下げることができると伝える。  今年7月に滋賀県立大津高校(大津市)で開いた授業には、全校生徒約940人が参加。指導員の山本拓也さん(41)は感情にまかせた投稿の危険性を説明し、「どこか知らない誰かの『いいね』よりも、大切な人から一つの『いいね』をもらうことができるSNS活用をしてほしい」と呼び掛けた。参加者の一人は「個人情報が流出しないように注意し、周囲のことを考えた上で投稿したい」と話した。  現在、教習所のフォロワー数は公式チャンネルを含めティックトックで15万人、ユーチューブで10万人超を誇る。教習所の技能検定員で、動画編集を担当する越光航平さん(34)は「車の運転で一番大切なのは譲り合いの精神。すぐには身に付かないので、学生の頃から周囲のことを考えられる心を育ててほしい。まずは、ネットでの安全運転を願っています」と応援している。【飯塚りりん】     ◇ 「だつりん先生」は、ユーチューブ、ティックトックで配信している。

「あの日30秒に何を思ったの?」 帰らぬ娘への母の問いかけ

 長く急な石段の先に、娘の眠る墓がある。東京都葛飾区の小林幸子さん(77)は8月の炎天下、手すりを頼りに、動かしづらくなった足をゆっくりと運び、一段ずつ確かめるように上っていた。息を切らし、何度かつまずきそうになりながらたどり着くと、ようやく表情が和らいだ。「順子、来たよ」。墓石をぽんぽんと優しくたたき、じっと目をつむる。心に浮かぶ言葉は、27年間ずっと同じだ。「あの30秒間、あなたはどんな思いだったの」。決して答えてはくれない。そう知りながら。  上智大4年だった次女の順子さん(当時21歳)は1996年9月9日、自宅で何者かに殺害、放火された。あの日、幸子さんは午後から勤務先の美容室に向かった。米国留学を2日後に控えた順子さんだけが自宅に残っていた。約1時間後、自宅から火の手が上がった。  慌てて帰ると、案内されたのは病院ではなく警察署だった。「どうして病院じゃないの? 順子はどこ?」。怖くて聞けずにいると、間もなくして夫賢二さん(77)から全てを知らされた。「順子がいないと生きていかれない」と半狂乱で泣き崩れた。その後しばらくは、娘の後を追うことばかり考えていた。  幸子さんにとっては、大人になっても「甘えん坊な娘」だった順子さん。いつも幸子さんのそばに来ては、「髪をポニーテールに結って」「朝ご飯はなあに?」とせがんだり、問いかけたりした。  そんな娘が寂しがらないように、納骨までの49日間は毎朝、骨つぼを膝に乗せて抱きしめた。家族がまだ眠る中、2人だけの静かな時間を過ごすと、自身も「私たちはずっと一緒。だから大丈夫」と思えるようになってきた。  仏壇には毎朝晩、家族と同じ食事を供え、できるだけ明るい話題を投げかけるようにしてきた。旅行には順子さんの写真を持って行き、同じ景色を眺める。いつも一緒。そうすることで、奪われた順子さんと家族の人生をつないできた。  今も特定にすら至っていない犯人への憎しみは当然ある。「執念だよ。怨念(おんねん)だよ。恨み殺すんだよ」。仏前にそう語りかけた時期もあった。でも、いつしかそんな日々にむなしさがこみ上げ、「まずは順子を安心して成仏させてあげたい」と考えるようになった。それ以来、怒りややり場のない悲しみは胸の中にしまうようにしてきた。  ただ、どうしても涙がこらえきれない時がある。「襲われて30秒くらいの間に亡くなられたと思います」。事件発生直後、捜査員から伝えられたその一言を思い出す時だ。事件の光景や、息を引き取る間際の娘の気持ちを想像し、胸が張り裂けそうになる。  そんな時に墓に行くと、不思議と気持ちが穏やかになった。「あの時、あなたは何を思った?」。この27年間、心の中で何度も問いかけてきた。順子さんは答えを教えてくれない。でも、こうして墓前で問いかければ、甘えん坊だった我が子と心を通い合わせているような気持ちになれた。そんな時間が、幸子さんを支えてきた。  電車とバスを乗り継ぎ、自宅から約1時間。かつては毎週欠かさなかった墓参だが、コロナ禍や高齢が重なり、今は年6回程度に減った。「年を取って、体力も気力も確実に弱ってきていて……。事件の解決は、私たちがいなくなってからなのかな」。焦りの色がにじむ。  8月下旬の墓参の時、帰り際に幸子さんは自分に言い聞かせるかのように語りかけた。「順子、またすぐ来るからね」。【岩崎歩】

直径1.2センチに108字 「日本一のキラキラネーム」彫れた

 寿限無(じゅげむ)寿限無五劫(ごこう)のすり切れ海砂利水魚の……。松江市矢田町のはんこ製造販売会社、永江印祥堂が作った「寿限無さん専用印鑑」がSNS(ネット交流サービス)などで話題を呼んでいる。わずか直径1・2センチの印面に108文字が彫られ1文字の大きさは四方が1ミリ以下。高い技術力が目を引く。その背景には印鑑文化に変化の兆しがある中、印鑑の新たな可能性を広げたいと願う同社の思いがあった。 精密な技術力発揮  「寿限無の印鑑も彫れます」「日本一有名なキラキラネーム」。同社公式アカウント上では写真とともにユニークなコメントでその印鑑が紹介され、「すり切れずに読めるのすごい」「素晴らしい技術」「(名前が長い)ピカソの本名もいいかも」などさまざまな反応が寄せられている。寿限無は子の幸せを願うあまり縁起が良い言葉などを連ねて名前を付けたが、日常生活に支障が出るほど長い名前になってしまった、という内容の笑い話で古典落語ではおなじみの演目。同社のSNSを担当する「中の人」(顔出しNG)は「多くの人に注目してもらってうれしい」と笑う。  実は同社には「寿限無」以前にバズった(話題になった)印鑑がある。2022年9月、人事異動でウェブ担当になったばかりの中の人は、ネット上での自社PRに頭を悩ませていた。地味で話題になることが少ない印鑑業界だけに、なかなか難しいミッションだ。考えた末、たどり着いたのが自社の武器である「技術力」を最大限に示せる精密な印鑑を作ることだった。 熟練の職人も初挑戦  「お願いします。でも、絶対に断らないで」。中の人は、職人歴約20年の村尾直樹さん(49)ら同社の職人たちに、80文字の印鑑を作ることを依頼した。  長い部署名などを彫った法人向けのオーダーメードの印鑑を請け負うことも多いため、文字数が多い印鑑はお手のもの。だが、それも長くて40文字程度。その倍にもなる文字数を彫るのは村尾さんらにとってもちろん初めての挑戦だった。  村尾さんら職人6人は、通常の業務の合間に依頼された印鑑作りに取りかかった。文字と文字の間隔、太さが違う2種類の針を使い分け針の動く速度や深さに目を配りながら、機械で丁寧に彫り最後は手仕上げで細部までこだわった。  <こんにちは。島根県にある小さなハンコ屋が1・2センチの印鑑の中で限界の文字数に挑戦しています。今回は87文字に挑戦。しっかり読めていますね!これが職人の技術なんです!すごいでしょ。>  試行錯誤の末、完成した印鑑の文字は納得できるものだった。最後の「すごいでしょ。」の一文は、職人たちが遊び心で付け加え、結局87文字に増えた。「しっかり読める印鑑ができ、長年の技術力が示せた」と胸を張る。  中の人が翌10月、その印鑑をSNSで紹介すると大きな話題を呼んだ。22万以上の「いいね」がついたといい、会社のPRに大いに貢献した。「正直、こんなに注目されるとは思わなかった」と振り返る。  話題集めのつもりで作ったはずだったが、売ってみたら「意外と売れた」(中の人)。87文字の印鑑は「あの印鑑」として今年8月初旬までに30本ほどを販売した。  その後、SNSで寄せられた要望を受けて22年10月に作った冒頭の108文字の印鑑は「寿限無さん専用印鑑」として販売し、80本ほど売れている。「『あの印鑑』は使いどころの想像が付きませんが……」と話す中の人。「寿限無の印鑑は一度に10個も注文してきた人もいました。何かの記念か贈答用か……。もしかしたら落語関係の人が買ってくれたのかも」と想像を膨らませている。 百人一首の印鑑も  他にも「なせば成る」「継続は力なり」といった座右の銘の印鑑や、百人一首の印鑑、QRコードを彫った印鑑、般若心経のスタンプなども作っており、印鑑・スタンプの可能性を広げている。  同社によると、ペーパーレス化や脱ハンコの流れが社会に広がり、近年の印鑑業界は逆境にさらされているという。さらに、新型コロナウイルス禍は店頭販売の減少などの暗い影を落とした。  そんな中、印鑑の新しい可能性を模索している同社にとって「寿限無」などのユニークな商品が注目を浴びたことは大きな希望になっているという。同社取締役の福間敏之さん(51)は「『名前を彫る』というこれまでの印鑑の概念にとらわれず、『表現を彫る』ということに目を向け、新たな市場を開拓していかなくてはいけない時代になってきている。今後も挑戦し続けていきたい」と力を込める。【目野創】

コロナワクチン、国費での無料接種終了へ 65歳未満は原則自己負担

 新型コロナウイルスワクチンの接種について、厚生労働省は2024年3月が期限となっている予防接種法上の「臨時接種の特例」という位置づけを、4月以降は延長しない方針を固めた。特例による全額国費での接種が終わる見通しで、厚労省の専門部会で議論して最終決定する。  65歳以上の高齢者など重症化リスクが高い人の場合、季節性インフルエンザワクチンと同じで、費用の一部を国の交付金でまかなう「定期接種」に位置づけ、秋冬に1回実施する方向で調整している。定期接種では、費用の自己負担分を補助する自治体もある。  一方、65歳未満の人などは任意接種の扱いとなり、原則自己負担の可能性がある。  新型コロナのワクチン接種を巡っては、厚労省は感染の広がりを防ぐ「緊急の必要」があるとして、「臨時接種の特例」という扱いにしていた。期限は今年3月までだったが、厚労省は24年3月まで延長していた。  ただ、新型コロナは今年5月に感染症法上の5類に移行した。現在感染の主流となっているオミクロン株の派生型「XBB」に重症化率が上がる兆しが見られないことや、抗ウイルス薬が普及した状況などを踏まえ、24年度の方針を厚労省の専門部会で議論する。  今年度の接種は春夏に65歳以上の高齢者や、基礎疾患を持つ重症化リスクの高い人、医療従事者らを対象に実施された。対象者を全年代に広げた秋冬の接種は、今月20日に始まる。【添島香苗】

「1日4000歩」で死亡リスク減 どんな年齢でも効果 ポーランド研究

 1日に4000歩程度を歩くだけで、歩かない場合よりも死亡リスクを減らす効果があるとの研究結果が発表された。ポーランドのウッジ医科大の研究チームが、世界の約22万7000人を対象に平均7年間実施された先行研究データを分析した。英BBC放送は「1日1万歩が健康維持に必要な魔法の数字と言われて久しいが、新たな研究によると、5000歩未満でも効果が期待できる」と伝えた。  研究結果は8月上旬、欧州心臓病学会が発行している医学誌に掲載された。1日約4000歩で、あらゆる原因による死亡リスクが減少し始めるという。心筋梗塞(こうそく)などの心血管疾患による死亡リスクについては、約2300歩で効果が出るという。  4000歩から2万歩まで歩数が増えるごとに死亡リスクは下がり、歩けば歩くほど効果は上がる。一方で効果が頭打ちになる歩数の「上限」は不明という。  歩行による健康効果は、年齢や性別、居住地域に関係なく認められた。  同学会によると、近年は新型コロナウイルスの流行で世界の人々の身体活動が低下しており、現在も大半の人はコロナ流行前の運動量に戻っていないという。【ロンドン篠田航一】

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