平城宮跡通る近鉄奈良線 移設計画に「待った」 奈良新知事
世界遺産・平城宮跡(奈良市)を横切る近鉄奈良線の移設計画に「待った」がかかっている。景観改善や周辺の交通渋滞緩和を目的に奈良県前知事の荒井正吾氏らが進めてきたが、4月の知事選で初当選した山下真知事が関連事業の予算執行の一時停止を指示したためだ。山下氏は1200億円以上とされる工事費の費用対効果を疑問視しており、計画の中身を精査中。6月12日に公表する執行の是非が注目されている。 「平城宮跡を通る案をベースに協議していきたい」 5月8日、初登庁した山下氏は、荒井氏が進めてきた近鉄奈良線の宮跡外への移設計画について否定的な見解を示した。就任前の産経新聞のインタビューには、「移設は膨大な費用がかかる一方で、利用者にとっては迂回(うかい)するため目的地に向かう所要時間が増え、メリットがない」としつつ、「電車が宮跡を通ることは観光資源となり、デメリットではない」とも述べていた。 計画の発端は、平成20年に宮跡一帯が国営公園として整備されることが決まったことだ。宮跡内を走る鉄道が景観上の課題として挙げられ、県などは移設の検討を始めた。 当初、近鉄側は移設に消極的な姿勢を見せていたが、29、30年に宮跡最寄りの大和西大寺駅周辺を中心に8カ所の踏切が、交通渋滞を慢性化させているとして、国の「改良すべき踏切道」に指定されたことを受け、県と奈良市と協議。令和3年3月に線路移設を盛り込んだ改良計画を国に提出した。 計画では、大和西大寺駅とその周辺の線路を高架化した上で、宮跡を横切る線路は宮跡南側へ移設し、宮跡南から近鉄奈良駅までの区間を地下化することで8カ所の「開かずの踏切」を解消。宮跡南の朱雀大路への新駅設置も検討しており、42(2060)年度の完了を目指す。4年度予算には基本設計作成のための調査費として7千万円を計上した。 県の見積もりによると、工事費は1260億円。移設先の用地取得のめどは立っていないが、その費用が別途かかることから総事業費はさらにふくらむ見込みだ。宮跡付近はこれまでに多くの奈良時代の木簡が出土しており、新ルート上での発掘調査に時間がかかることも考えられる。 こうした状況から「県の税収増が見込めない中、財源を投じるべきではない」(県議)など、移設に批判もあるが、移設を求める声も上がっている。宮跡の保存・活用に取り組むNPO法人「平城宮跡サポートネットワーク」の鈴木浩理事長は「史跡内を電車が通っているのは本来的には正しい姿ではない。費用対効果だけで評価できない」。ある考古学者も「訪れた人に理解を深めてもらうためにも、できる限り史跡本来の景観を保つのが大切だ」と話す。 山下氏は、大和西大寺駅の高架化による踏切解消は「必要」との認識を示しつつも、「地下化はあまり意味がない」と述べ、今年度予算に盛り込まれていた線路の移設位置を決める調査費(1億2500万円)について、執行の一時停止を指示。執行の是非を判断するため、県の担当者にヒアリングを行っている。 近鉄奈良線と平城宮跡 近鉄奈良線は近畿日本鉄道の前身・大阪電気軌道が大正3年に開業。当初から平城宮跡の存在が認識されていたが、全容は明らかでなかったため、西大寺(現大和西大寺)-奈良(現近鉄奈良)の線路は、遺構が目に見える形で残っていた大極殿跡の土壇付近を避け、南側の農地だったエリアに敷設された。だが、戦後の大規模な発掘調査で詳細な区画が判明し、特別史跡に指定。結果として線路が平城宮跡を横切ることになった。