5カ月で早逝した「ようすけ君」 母の思い託した絵本再版へ
生後5カ月で亡くなった男の子にちなんだ絵本が大切に読み継がれてきた。絵本のモデルとなったのは、20年前のイラク戦争を機に、ナガサキを語り始めた女性だった。「今こそ再版すべきとき」と当時、出版に関わった人たちが思い立ち、実現に向けて協力を呼びかけている。 女性は、京都府城陽市の真柳(まやなぎ)タケ子さん(79)。1歳の時に長崎の爆心地から1・8キロの自宅で被爆し、結婚を機に京都に移った。22歳で産んだ長男は先天性の心疾患で生後5カ月で亡くなり、「自分の被爆のせいでは」と苦しんだ。それでも「私には記憶がない」とナガサキを語ることに迷いがあった。 転機は2003年のイラク戦争。子どもたちの犠牲に心を痛め「戦争がどれだけ恐ろしいことか伝えなければ」と04年、母の上村吉(きち)さんから聞いた被爆時の話を基に、証言活動を始めた。 「真柳さんの語りを形に」。活動に感銘した佛教大の学生グループが発案し、京都精華大の学生も加わって絵本の制作を始め、「ようすけ君の夢」と題した物語を創作した。 ◇生き続ける亡くなった息子 主人公は京都で暮らす小学5年の少年。夏休みにナガサキから来たという「ようすけ君」と仲良くなる。戦争ゲームを始めたとたんに泣き出した「ようすけ君」は、夢で見た恐ろしい光景を語る。後日、少年の学校で被爆した女性の証言を聞く機会があり、その内容は「ようすけ君」が話したそのままだった。 女性の幼くして逝った息子は「ようすけ」。その後「ようすけ君」は消えた--。「ようすけ」は真柳さんの長男の名前だ。 被爆者と若者が協働した作品は08年、英仏語訳を添えて「クリエイツかもがわ」(京都市)から出版された。真柳さんは証言活動で活用し、小学校や図書館などにも寄贈した。「絵本が読み継がれることで亡くなった息子も生き続ける」と思ってきた。 クラウドファンディングで呼びかけ 証言を始めて20年近く、絵本の出版から15年。世界で戦争は絶えず、核兵器による威嚇もやまない。ウクライナで戦争が始まって1年余りたった今夏、絵本の再版プロジェクトが動き始めた。 代表は、初版当時の中心だった佛教大の学生を教えていた黒岩晴子・元教授で、「以前から再版の要望があり、今が時機だと思った」と踏み切った。ソーシャルワーカーとして関西に暮らす被爆者の生活支援や相談に長く関わり、平和を願う被爆者の思いを受け止めてきた。真柳さんとも相談して1000冊の再版を目指し、クラウドファンディング(CF)などを通じた呼びかけを始めた。 真柳さんは新型コロナウイルス禍で証言活動を控えていたが、7月にあった城陽市の平和イベントで再開した。ウクライナでの戦争は終わりが見えず、核兵器使用が現実になる危機感がある。「ようすけ君の夢」とは、核兵器や戦争のない世界。「この絵本を一人でも多くに、特に若い人に読んでもらい、平和がいつまで続くのか少しでも考えてほしい」と願う。 寄付はCFサイト「キャンプファイヤー」で10月17日まで受け付けている。【宇城昇】