20歳ベトナム人技能実習生は「休みたくても、休めません」と…“奴隷労働”と非難された技能実習制度のリアル から続く
失踪者が相次ぎ、「奴隷労働」「廃止すべき」と非難された技能実習制度。そうした批判も受けて新制度「特定技能」が設けられたが、この問題はまったく解決していないどころか、実はコロナ禍を経てさらにこじれているという。低賃金で退屈な仕事を外国人たちに押し付ける「人手不足の不都合な真実」とは——。
ここでは、ジャーナリスト・澤田晃宏氏が、ベトナム人実習生をはじめ外国人が働く日本国内の現場を徹底的に取材した渾身のルポ『 外国人まかせ 失われた30年と技能実習生 』(サイゾー)より一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)
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ゆで卵をポケットに入れて作業
ベトナム出身のグェン・ティ・キムアン(31歳)は、2018年5月に婦人子供既製服製造の実習生として来日し、山形県鶴岡市の縫製会社「フォーティーン」で働き始めた。
両親は農家。グェンは中学卒業後、縫製工場で約13年働いた。一番、稼いだときでも日本円にして月収4万円程度だったという。
同じく縫製の仕事に就いていた姉は、縫製の実習生として日本で3年働き、約500万円の貯金をして帰国した。新築2階建ての家を建てた姉を見て、自分もと思った。故郷の「実習生御殿」は、姉が建てたものだけではない。
「送り出し機関の人から縫製は人気がないから、仕事の紹介料が一番安いと言われました」
それでも、グェンは日本語教育費などを含め約80万円を送り出し機関に支払い、2017年5月に面接を受けた。それがフォーティーンだった。
タイムカードや給与明細書はなく、残業時間は200時間を超え
「長い時間、働けますか?」
そんな質問を面接で受けたことをグェンは覚えている。
面接に受かりたい一心で「はい」と答えたが、現場は異常だった。
始業時刻は朝7時半。夜9時頃まで縫製作業が続き、帰宅後も寮でボタン付けなどの内職を課せられた。休憩時間すらまともに与えられず、出勤前に作ったおにぎりやゆで卵をポケットに入れ、作業時間中にトイレで食べたこともある。
タイムカードや給与明細書はなく、正確な労働時間はわからない。納期前は朝の5時半まで作業が続き、残業時間は200時間を超えたという。国は「過労死ライン」を、病気の発症直前1か月に100時間以上の残業、または発症前の2~6か月の平均残業時間が月80時間以上としているが、その基準を優に超える。
同工場では、11人のベトナム人実習生が働いていた。実習生は11個のベッドが並ぶ大部屋で寝泊まりし、シャワーは1つしかなかった。外出が許されるのは週に1回で、同じ年に入国した実習生の代表者1人が、スーパーマーケットで全員分の食材の買い出しをした。休みは月に1回、あるか、ないかだった。
岐阜県岐阜市の縫製会社「エトフェール」に転籍
立ち上がったのは、グェンと同時期に入国した実習生だった。
庄内労働基準監督署に駆け込み、窮状を訴えた。グェンが働く縫製工場と同社役員は2019年6月に労働基準法第32条(労働時間)違反容疑で書類送検され、2020年9月には出入国在留管理庁と厚生労働省が同社の技能実習計画認定を取り消した。
劣悪な労働環境から解放されたベトナム人実習生らだが、実習先を失った。皆、多額の借金を背負って来日しており、技能実習ができないからと帰国するわけにはいかない。
実習生に「転職」は認められていないが、同じ職種・作業を学べる他企業への「転籍」はできる。技能実習継続を求めるグェンは2019年3月、岐阜県岐阜市の縫製会社「エトフェール」に転籍した。
作業場の入口にはタイムカードがあり、厚生労働省が作成しているベトナム語の最低賃金に関するリーフレットが掲示されていた。寮は民間の清潔な一軒家で、キッチンが2つある共用スペースと部屋が6つあり、シャワーが3つ、トイレも2つあった。
グェンは振り返る。
「働いた分だけ残業代が支払われ、手取りが20万円近くになることもあります。働く会社でこうも環境が違うのかと驚きました」
国産衣料品の自給率は2%弱
同社の内ケ島圭祐社長は40歳と若く、出身は岐阜県だ。
縫製業は岐阜の地場産業だ。戦後、岐阜県は日本有数のアパレル産地として発展してきた。バブル期にはDC(デザイナー・キャラクター) ブランドブームもあり、県内繊維工業の出荷額は4395億円(1991年)に達し、事業所数は2145社(1998年)にまで増えた。
だが、2000年代に入ると、中国製品を中心とする安価な商品が流通し、海外からH&MやZARAなどの低価格帯のアパレルブランドが相次いで日本国内に進出。国内でも卸売業者などを通さず、自社製品を海外の工場で生産するユニクロなどが勢力をつけた。
結果、岐阜県内の繊維業の工業出荷額は1464億円(2015年)まで減少。事業所数は430社(2019年)に激減した。
アパレル業の衰退は岐阜に限った話ではない。
前章で日本の低い食料自給率の話をしたが、衣料品も同じだ。
衣料品の輸入浸透率(国内生産量と輸入量を足した数値から輸出量を引いて出す)は98.2%(2021年)と、国産の衣料品の割合はわずか2%弱だ。1991年に51.8%だったことを考えると、この30年で大きくサプライチェーンが海外に移ったことがわかる。コロナ下で、東南アジアで感染が拡大し、ユニクロの新製品の発売が遅れるなどのニュースがあったが、もはや日常的に身に着ける衣料品は海外生産に頼りっぱなしなのだ。
ファストファッションの定着で国内の縫製工場の加工賃が下がり続けるなか、現場を支え続けたのが外国人だった。岐阜県既製服縫製工業組合の平嶋千里理事長は朝日新聞の取材に対し、「ここ20年、我々の業界は技能実習制度に依存してきた」(2019年3月25日付)と答えている。
ホワイト企業の加入しか認めない
ただ、その労働環境は劣悪だった。
内ケ島社長は創業前の2002年から7年間、会社員として岐阜県関市内にある婦人服の縫製工場で働いた。内ケ島社長の働く縫製工場にも中国人の実習生が働いており、その姿をずっと見てきた。
「休みは週に1回あるかないかで、仕事は朝の8時から夜の10時頃まで。タイムカードは定時の午後5時に打刻しますが、200時間近い残業をしていたと思います。何度か実習生の給与明細を見ることがあったのですが、それでも手取りは12万円程度。適正な残業代は支払われず、そんな職場だから当然、ボーナスもありません」
だからこそ、自分が実習生を受け入れる際は、きちんとした労働環境を準備しようと思った。
内ケ島社長は言う。
「上代(販売価格)が1万円以下の商品を扱っていては、収益となる加工賃が残らず、従業員に適正な賃金を払えない」
エトフェールでは、オーダーが100着以下の少量ロットの製品を扱う。上代が10万円以上するものも珍しくはない。
「日本人が働きたいと思えるアパレル産業にすることが夢だ」
内ケ島社長はそう語気を強める。2021年6月時点で、エトフェールにはグェンを含む2人のベトナム人実習生と、4人の中国人実習生が働いている。
実習生1人当たりの監理費を相場より安く設定
先述の通り、海外に支社のあるような大企業は自ら実習生を受け入れることができるが、実習生を採用する企業の約98%は「団体監理型」での受け入れだ。監理団体を通じてしか、実習生の受け入れができない。
内ケ島社長が実習生の受け入れのため、監理団体に選んだのが、2019年に監理団体許可を受けたばかりのMSI協同組合(岐阜市)だった。同組合には約30社が加入するが、エトフェールのような「ホワイト企業」以外の加入は認めていない。
監理団体は非営利団体に限られ、実習実施者からの監理費が主な収入源となるが、実習生1人当たりの監理費を相場より安い2万2000円(2022年時点)に設定している。
毎月の監理費が経営を圧迫し、実習生の待遇悪化につながることも多いためだ。
外国人技能実習機構のアンケート調査によれば、監理費の平均値は技能実習1号で1人当たりの月額が3万551円、技能実習2号で2万9096円になっている。
労働搾取のないフェアトレードな商品
ジャケットの左襟に、「SDGs」のピンバッジが付いていた。
「うちの協同組合に加入し、実習生を受け入れるためには、法令通りの労働環境にあるかはもちろんのこと、経営者の考え方や寄宿舎の状態など、とにかく審査が厳しい。だから、加入者がなかなか増えないんです」
MSI協同組合の井川貴裕代表理事(48歳)は、そう言って、苦笑いを浮かべた。
SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年の国連サミットで採決された「持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」のことだ。
「働きがいも経済成長も」「人や国の不平等をなくそう」「つくる責任つかう責任」など、国連に加盟する193か国が2030年までの15年間で達成すべき17の目標が掲げられている。
少しずつ理解が広がれば、世の中も変わっていくはず
井川代表は、こう語気を荒らげた。
「中国の人件費が上がったら、次はベトナムに。ベトナムも人件費が上がったら、次はミャンマーに。そうした焼畑農業をいつまで続けるのか。オーガニックコットン(綿)が毎年栽培され、生産者に適正な賃金が払われることで、産地と生産者を守り、持続可能な暮らしを送ることができるのではないか」
2021年5月、アメリカ税関がユニクロ(ファーストリテイリング)製品の輸入を差し止めた。アメリカ政府は強制労働を理由に中国・新疆ウイグル自治区の生産団体が関わる綿製品の輸入を禁止していた。ユニクロはホームページで「弊社製品の生産過程において強制労働が確認された事実はありません」としているが、エシカルファッション(エシカルとは倫理的・道徳的という意味の言葉で、人や社会、環境に配慮した衣料品のこと)が注目されるなど、世界の潮流が変わりつつある。
「デフレ経済から抜け出せず、安ければいいと考える消費者が多いですが、その製品が労働搾取のないクリーンなフェアトレード商品なのか。少しずつ理解が広がれば、世の中も変わっていくはずです」(同前)
(澤田 晃宏/Webオリジナル(外部転載))