“朝ドラ”こと連続テレビ小説「舞いあがれ!」(NHK)で主人公・舞(福原遥)の兄・悠人(横山裕)の存在が俄然際立って来た。
悠人は天才投資家として未曾有のリーマンショックを切り抜けて実家の工場の危機も救ったが、インサイダー取引を行って積み上げてきたものを失ってしまう。舞たちが巻き込まれて大変な悲劇に見舞われるのではないかと心配したが、どうやら大丈夫そうだ。とはいえほのぼのホームドラマが基本の朝ドラにしてはずいぶんとヘヴィなエピソードを描いたものである。
インサイダー取引疑惑で世間から追われ、いったん行方をくらました悠人が大雨のなか傘もささずにずぶ濡れで倒れてしまう場面(87回)は、倒れる悠人を上空からとらえ、まるで日曜劇場「半沢直樹」第1話のようであった。
ちなみに「半沢直樹」もドラマ版では父がネジを作る町工場の経営破綻により亡くなり母が経営を引き継ぐ。「舞いあがれ!」も舞の実家のネジを作る町工場の経営が悪化して父(高橋克典)が亡くなり、母(永作博美)が継いでいる。
悠人を追うマスコミが舞の実家を張っていたり、そんな不正を行う人物が身内にいると工場の評判も悪くなるのではという不安も漂ったり、これって朝ドラ? というなかなかこってりしたエピソードながら、3作連続した、朝ドラの主人公の兄が不正を行うエピソードとしては、悠人がちゃんと問題に向き合うことで最もすっきりはしている。
「ちむどんどん」「カムカムエヴリバディ」の悪い兄たちとの違い
前作「ちむどんどん」(2022年度前期)と前々作「カムカムエヴリバディ」(2021年度後期)の主人公の兄たちはやばかった。
「ちむどんどん」では主人公・暢子(黒島結菜)の兄・賢秀(竜星涼)が詐欺に騙されて借金を抱えそれを家族が肩代わりし、さらに賢秀はねずみ講のようなものに手を染める。多額の借金をなかなか返さないのはまだしも、ねずみ講はいかがなものかと眉を顰める視聴者も少なくなかった。
「カムカム」では主人公・安子(上白石萌音)の兄・算太(濱田岳)が少年の頃、近所の商店のラジオを窃盗したことにはじまって、成人後は安子の開店資金を持ち逃げしてしまうなど、なにかと問題を起こした。窃盗はご近所づきあいと、まだ少年であることで不問に付され、持ち逃げは長い年月をかけて罪を償うので、「ちむどんどん」の賢秀よりはましとはいえ、歴史は繰り返すというふうに、安子の孫に当たる高校生・桃太郎(青木柚)がラジオを窃盗した店の子孫の店で再びCDプレイヤーを窃盗するという展開があって、それに嫌悪を感じる視聴者もいた。
放送当時、筆者が「Yahoo!ニュース個人」でプロデューサーと演出家に質問をしたところ、「“青春の苦い1ページ”として、算太同様、桃太郎をあたたかく見ていただきたいと願っています」「殺人事件を扱ったドラマもありますので、劇中で犯罪を描くこと自体は問題ではないですが、罪を犯すキャラクターが誰であるかは大事と僕は考えています。倫理的に破綻した人物には共感しにくいものなので。ですから、ヒロインや相手役など、視聴者のみなさんに感情移入して頂きたい人物には、犯罪はもちろん、倫理的にどうだろうと感じられるような行為はできるだけさせないことは意識しています。とはいえ、物語の流れの上で必要だった算太や桃太郎の犯罪については、みなさん、許してやってくださいと心の中で頭を下げながら見守る気持ちです」という回答をもらったことがある(「 〈カムカムエヴリバディ〉桃太郎が万引。登場人物の悪事をどう描くかNHKに聞いた 」22年3月11日配信記事より)。
物語に清廉潔白な人しか出てこないことは逆に不自然であり、悪さをする人が出てくると不快であるという視聴者の主張が妥当であるかは難しいところである。とはいえ、ゆるされてしまうことに釈然としない気持ちを抱くことも理解できるのだ。
その点、昨年再放送された「ひまわり」(96年前期)は主人公・のぞみ(松嶋菜々子)の弟・達也(遠藤雅)が窃盗事件の容疑者として逮捕されるが、冤罪で、この件をきっかけにのぞみが弁護士を目指すことになるという、事件はショッキングながら弟は無罪でホッとでき、かつ主人公は前進するという流れは朝ドラとしてはギリギリ攻めた描写だったのではないだろうか。
ところが、30年近く経って時代が令和になり、罪を犯しても家族や近隣のひとが大目に見るという物語にチャレンジしたら、SNSの時代、激しく物議を醸してしまった。「舞いあがれ!」の悠人がやってしまったことをちゃんと認めて責任をとる流れになっているのは、前2作の反省によるものと考えられないこともない。
もともと悠人は、投資家になった時点で、なにかやらかすに違いないと視聴者は想像していた。投資で失敗して一文無し、あるいは借金を背負って、舞たちに迷惑をかけるのではないかという声に、チーフプロデューサーは悠人は「クズキャラではありません」とたびたび言っていた。
インサイダー取引に手を出してしまったがそれも顧客に損をさせたくない一心であり、やってはいけないとわかっていながらやってしまったことを潔く認め、逃げずに自分のしたことに向き合おうとする行動は、たしかにクズではなかった。むしろ清々しく、朝ドラにふさわしいキャラといっていい。
そもそも早くから自立して家族に経済的に依存していない、よくできた人物なのだ。金融業ということでブラックとは言わないがグレーな印象を抱きがちで、金髪にしていつも薄暗いところにいて鋭い目をして家族にもきつい物言いをしていたから誤解されそうだが、実は朝ドラファンには好まれそうなホワイトな人物・悠人を横山裕がいい塩梅で演じていた。
生田斗真も賞賛する俳優・横山裕の魅力
かつて横山裕は映画「破門―ふたりのヤクビョーガミ」(17年)で「クズ」キャラを演じていたのも手伝って今回もクズなのではないかと思った視聴者もいただろう。ただ、この映画でも自分で「クズ」と言いながら、そこまで落ちきらないギリギリを保っていた。やんちゃでキレ者の雰囲気を醸しつつ、寂しさや、ためらいなど、儚い部分を感じさせるのが横山裕である。それが「舞いあがれ!」の悠人に生きた。
横山裕はジャニーズ事務所の「関ジャニ∞」というアイドルグループの一員で、「あさイチ」では生田斗真が「バラエティー番組でおもしろおかしいことをやっているイメージが強いかと思いますが昔からすばらしい俳優でミステリアスな雰囲気をもっている」と語り、博多大吉も「大学生からはじまって実年齢から考えるとすごいなと」とその演技力を賞賛した。
そう、横山裕は41歳にもかかわらず、大学生役をやってもさほど違和感がなかったのだ。逆に41歳というのが驚くほど瑞々しいのである。長いまつげに覆われた憂いを帯びた瞳、ぷっくりして血色のいい唇、きめの細かい肌をもち、黙って佇んでいたら美少年という風情だが、生田も語るとおりバラエティー番組でおもしろおかしいことをやっている。
ちょっと仏頂面でおもしろいことをやる。いじられキャラ的な印象もあって、グループの冠番組「関ジャニ∞クロニクルF」(フジテレビ、2015年~2022年)では、うんうんうんと相槌の回数がやたらと多いことをいじられ、相槌場面を編集した映像がじつに傑作であった。たぶん、適度にいじられることで美少年感が崩れ、親しみがわくのだろう。それは逆に、汚れ役をやっても行きすぎない利点にもなる。
今回の悠人は、第19週まで、この人物は白か黒か熱いのか冷めてるのか乾いているのか情があるのかどっちかわからないところがちょうど良かったのである。お金第一の人間味のない人物のようで真面目に金融業をやっていて、仏頂面で親に反発していても、ほんとうは家族のことを思っている、素直になれない、その感情をベタつき過ぎない、ほどよい湿度に仕上げた。放つ光を調節する俳優はいるが、横山裕は湿度調整可能な除加湿機能をもった俳優である。
気になるのは久留美との関係…
お好み焼きやカレーなど庶民的な食べ物が好きで、謎の金色のビリケンさんのパチもんみたいなオブジェを購入する謎センス、実家の近くまで帰っても立ち寄らず隣のお好み焼き屋にだけ行き、たまに家に帰っても父親とはすぐに喧嘩になって、すぐに家を出ていく羽目になる、親子あるあるのなかの悠人の微妙な心理を、類型的ではなく、あくまでもさらりと、ごくごく身近な人物のように演じる。悪さする兄、困った兄、というような役割に陥ることなく、ちゃんとこの人物なりの思いをもって生きているのだということが伝わってきた。「舞いあがれ!」は父親にしても兄にしても、類型的にしないように気遣っているように見える。
最大の見せ場となったインサイダー取引問題は大きな悲劇にはならず、家族の絆を強くしたようで、こうなると今後の悠人の役割はどうなるだろう。舞の幼馴染の久留美(山下美月)との関係が気にかかるところだ。このまま家族経営に取り込まれてしまうとベタベタの人情ものの大団円でおもしろくないような気もするので、そこもいい湿度でお願いしたい。
(木俣 冬)