Saturday, March 25, 2023

ヤマザキマリ「書棚を見せてほしい」という取材依頼が増えたのは、何かと世知辛い今の時代だからこそ。書棚に本が並べば、とりあえず何とかやっていけそうな気にもなる

最近、書棚を見せてほしいという取材依頼が増えてきたというマリさん。自宅の書棚を「日々の生活の痕跡を残す貝塚のようなもの」と考えているそうですが――。(文・写真=ヤマザキマリ)

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わが家の書棚は生活の痕跡を残す貝塚のようなもの

ここ最近、東京の自宅にある書棚を見せてほしいという取材依頼が増えてきた。

ここへ引っ越すときに作ってもらった天井までの書棚には、子どもの頃に読んでいた本や図鑑から、仕事で使うもの、自著、または献本として送られてきたものまで、あらゆる本が雑然と詰め込まれている。

資料本は仕事机から手を伸ばせば取れるところに集まっているし、特に読み返しそうもないものは普段視線の届かない片隅に積み重なっている。

わが家の書棚は、日々の生活の痕跡を残す貝塚のようなものと言っていい。

客人を頻繁に家に招く習慣のある西洋の国々では、書棚は家主の人格やセンスの見せ所としての側面を持つ。財力のある家では家主の知性や教養の演出を担う家具として、豪華な装丁の百科事典や文学全集などがこれ見よがしに並んだ書棚が設らえられていたりする。

比較文化学者の夫はその手の書棚を見ると嫌悪感が湧くらしいが、本への関心がないよりはまだましだと思う。

 

書棚に本が並べば何とかやっていけそうな気にもなる

日本では室町時代から、知識層の人の家には読み終えた本を収納する整理箱としての書棚はあったが、明治の文明開化以降、特に関東大震災以後になると、本棚の概念に変化が芽生えたようだ。

震災によって日本の出版業界は大きなダメージを被ったが、そのうちのひとつである改造社という出版社は、倒産寸前に社運をかけて月1冊の予約配本による「現代日本文学全集」を1冊1円で販売し、なんと30万部の申し込みがあったという。

この“円本”と呼ばれる配本式の全集の普及が、本棚の価値を変えるきっかけになったようだ。

戦争や天災によって受けた心の傷に文学は癒やしとなり、明日を生き延びるエネルギーとなる。書棚に本が並べば、とりあえず何とかやっていけそうな気にもなるものだ。

そう考えると、何かと世知辛い今の時代に、書棚に対する人々の意識が著しく変わってきているのも納得がいくし、出版業界が活気を取り戻すきっかけにもなるだろう。

冷蔵庫の中身を取材させてほしいという依頼があったら

しかし、書棚というのは正直なもので、演出が加えられようと加えられまいと最終的には持ち主の人格をあらわにしてしまうことを忘れてはならない。

几帳面な人の書棚は、おおむねジャンル別に本が整理されているので探すのに手間取ることはない。しかし、私のようなガサツな人間の書棚は何もかもが雑多に混じり合い、どこにどのような本があるのかは持ち主である私が感覚的に知るのみとなる。整理整頓を試みても、気がついたら再び雑然とした状態に戻っている。

かつて夫が私の書棚を「君の冷蔵庫と同じだよ」と形容したことがあったが、確かに私の冷蔵庫には、名残惜しくて捨てられない古い食材から贈答品の高級食材まで、あらゆるものが詰め込まれている。

先日、新年を迎えるにあたり冷蔵庫掃除に踏み切りかけて途中で諦めたが、自分という人間を振り返る良い機会にはなった。書棚までは許せたけれど、冷蔵庫の中身を取材させてほしいという依頼があったら、問答無用でお断りしようと思う。

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