「アマチュア横綱、アメリカンフットボールに挑戦――」
今年の春にそんなニュースを目にした時、率直に頭に浮かんだのは多くの「?」だった。
アマチュア横綱の地位を勝ち得た力士であれば、そのまま角界に進めばある程度の地位も、名誉も手に入れることができる可能性が高い。にもかかわらず「相撲界の至宝」がなぜ、あえて茨とも思われる道に進むのか――?
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日本体育大学1年時に全日本相撲選手権を制し、史上2人目となる大学1年生のアマチュア横綱に輝いた花田秀虎(21歳)。その彼が、昨年3月に行われたアメフトの社会人リーグの合同トライアウトに突然参加し、大きな話題を呼んだ。
ちなみに、姓が花田の力士でアメフト挑戦と言えば、第66代横綱の若乃花勝こと花田虎上さんが思い出されるが血縁関係は全くない。
そのトライアウトで、身長185センチ、体重130キロという恵まれたサイズを持つ20歳(当時)は、いきなり40ヤード走(36.58m)で5秒23というタイムを叩き出し、ポテンシャルの高さを見せつけた。これは花田の体躯からすれば驚異的なタイムと言っていい。
さらに驚かされたのは、それから1年も経たずして今年1月22日にアメリカ・アイビーリーグ選抜と対戦する国際親善試合の日本選抜メンバーに選出されたことだ。
アメフトに転向して1年未満。しかも、未だ実戦経験さえない中で日本トップクラスのチームの一員に選ばれた。その規格外の潜在能力は、経験さえ積めば“日本人初のNFL選手”も夢ではないのかもしれない。
「29歳では遅い」なぜアメフトを選んだのか?
2001年10月30日に和歌山で生まれた花田は、格闘技好きの少年だった。
父は大学時代にレスリングで全国優勝経験を持ち、母は柔道指導者という両親の影響から、幼い頃から柔道やレスリングなど、さまざまな格闘技に身近に接していた。なかでも最も打ち込んでいた相撲では、小学校2年生で地元のわんぱく相撲で優勝。その後も順調に成長を続け、県立和歌山商業高校時代の2018年と2019年には世界ジュニア選手権個人無差別級を連覇してみせた。
日体大1年時には前述のように「アマチュア横綱」にも輝き、2022年のワールドゲームスでは相撲の重量級で1位に輝いた。もはやアマチュア相撲界では敵なしだったといっていい。そんな「相撲界の至宝」を角界も待ち焦がれていたことだろう。
だが、相撲に邁進してきた花田の電車道は、そこで急に横道に逸れることになる。
最初にNFLに興味を持ったのは中学生の時だった。
「ラインの攻防が格闘技に似ていて、身体能力の高い選手たちが戦っているのが格好いいと思って。その姿が好きで、ずっと見ていました」
もちろん最初は、大相撲で横綱になる青写真を描いていた。力士として活躍して経験を積み、もしチャンスがあればNFLへ――そんな構想もないではなかった。だが、このタイミングでアメフト挑戦を決めたのは、NFL挑戦をする上で「年齢」が大きなネックとなることを知ったからだ。
NFLに参入するには、米のチームからドラフト指名される以外にも様々な方法がある。NFLが主催する国際人材発掘プログラム(IPP)に招待してもらったり、隣国カナダのリーグやインドアフットボールのリーグで活躍することでスカウトされるケースもある。
だが、そこで大きな要素となってくるのが「年齢」の問題なのだ。
過去にも日本人選手が人材発掘プログラムやその選考会でトップクラスの結果を出したこともあった。それでも最終的にセレクトされることはなかった。その落選の大きな理由に「年齢」の要素があったのだという。
20代で他競技で活躍して、キャリアを積んでから……では、NFLという未踏の頂に到達するには、現実的に間に合わない。それを知ったからこそ、花田は20歳という若さで相撲のキャリアを捨て、NFL挑戦を決めた。
「例えば一昨年、照ノ富士関が29歳で横綱になっていますが、その年齢からNFLに行けるかと言われたら……僕は厳しいと思います。そういう考えもあって、まずはアメフトをやる……若くて、脂が乗っている時に自分がどれだけできるか挑戦したいと思いました」
「英会話のレッスンを受けています」
上述のようにNFLに参戦するためには様々なルートが存在する。国際人材発掘プログラム(IPP)は21歳から、参加が認められる。当該年齢に達した今年はトライすることを念頭に置く。またアメリカの大学へ編入して、本場のアメリカンフットボールを経験することも視野に入れているそうだ。
一方で、どの手段を選んだとしても必須となってくるのが英語力だ。特にコミュニケーションが密に必要なアメフトという競技において、語学力の重要性は非常に高い。その要素もこれまで日本人がNFLを目指すうえでの大きな障壁になっている。
花田は語学に関してはすでに手を打っているという。本人も上達の手ごたえは感じているようだ。1月半ばに実施された日本選抜の合同練習でも、外国籍選手と談笑する花田の姿が見られた。
「今は英会話のレッスンを受けていますし、(米大学への編入も考えて)TOEFLも勉強しています。あとはXリーグの外国籍選手にも積極的に話しかけて、アメリカの大学の情報を聞いています。単語量は増えてきたし、耳も慣れてきてだいぶ話が聞き取れるようになってきました。会話も続くし、楽しみながら勉強しています。英語で質問して(アメフトの技術を)教えてもらっています」
「アメリカ人にもフィジカルでは絶対に負けていない」
日本選抜のディフェンスラインコーチを務める時本昌樹コーチは、ポテンシャルとフィジカルの強さを絶賛する。
「持っているものは素晴らしいと思います。特に体の強さや、前に進む推進力は本当にすごい」
また、日本選抜のメンバーで社会人リーグのパナソニックインパルスに所属する日本屈指のディフェンスライン・梶原誠人も花田の対人の強さには一目置く。
「1対1は滅茶苦茶強い。人と当たることに関してはピカイチだと思います。Xリーグでもトップクラスでしょう」
ただ、やはり2人が異口同音に述べたのは「経験不足」という課題だ。
時本氏によれば「判断力やパターンは、経験で培うしかない」のだという。まだアメフトの実戦経験がない花田には、どうしても欠けてしまう部分なのだろう。
もちろん花田も現時点の課題は把握している。
日本選抜の練習では、梶原選手の下へ自ら話を聞きにいきタックルの方法を教えてもらうなど、本人も貪欲にアメフトのテクニックを吸収していた。
それでも日本選抜の練習では日本トップクラスのオフェンスラインを相手に、簡単に突破することができず歯がゆい思いをした。
「相撲は個の力で勝つことに重きを置いていますが、アメフトは作戦があって、周囲との連携があり、絶対にミスができません。柔軟な対応をしないといけないところで迷って、自分が持っている本来の力を出せていないことが課題です。フットボールに慣れて100%自分の力を出すことができれば、もっともっとアグレッシブにいけると思います。やりきれないのがすごく悔しいです」
一方で、手ごたえを感じた部分もあったという。
「フィジカル面は自信を持てました。アメリカ人との対戦でも、フィジカルでは絶対に負けていない、パスラッシュやスピードは絶対に負けない自信があります」
分からないことがあれば諸先輩にもどんどん教えを請う。この柔軟な姿勢も手伝って、日本選抜の練習中でも、周囲が唸るほどの成長を遂げていた。時折見せる低い姿勢から繰り出されるスピード感あふれる強烈なタックルには、彼の才能の片りんが垣間見えた。
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アメリカ4大スポーツの中で、NFLだけが日本人未踏の地である。
全米だけでなく全世界から人並外れたアスリートが集まるリーグでは、圧倒的なフィジカルはもちろん、様々なコミュニケーション能力も不可欠だ。もし日本人がNFLでプレーすることになれば、歴史的偉業ということになる。
花田自身もパイオニアを目指す覚悟は十分だ。
「(もしNFL入りができれば)大谷翔平選手や大坂なおみ選手くらいの快挙だと思います。とにかくそこを目指して、自分がどれだけできるか挑戦したいですね」
将来的には大相撲の最高位である横綱とアメフトの世界最高峰であるNFLの“二刀流”も目指すという。とはいえ、まず当面の目標はNFLを目指すこと。強靭なフィジカルとスマートな頭脳を兼備する21歳は、未踏の荒野をどこまで進んでいけるだろうか?