コロナ禍による行動制限がなくなり、外食産業全体の売り上げはほぼコロナ前(2019年)の水準に戻っている。
しかし、日本フードサービス協会の22年12月度「外食産業市場動向調査」によれば、お酒を飲ませる業態である居酒屋やパブの売り上げは、前年より8%伸びて回復に向かっているものの、対19年比では59%にとどまる。6割程度しか戻っていない厳しさだ。
そうした苦戦中の居酒屋業態でも、集客の好調さが目立つ業態が存在する。そのうちの一つが、「すし居酒屋」だ。
大衆居酒屋や立ち食いのスタイルで、「気軽にすしをつまみながら一杯やる」点が支持されて、増殖している。ファミリーや学生の利用も多い回転すしとは客層が異なり、ビジネスパーソン中心になっている感がある。
代表的なすし居酒屋には、FOOD & LIFE INNOVATIONS(東京都千代田区)の「鮨 酒 肴 杉玉」、ヨシックスフーズ(名古屋市)の「や台ずし」、エー・ピーカンパニー(東京都豊島区)の「立ち寿司横丁」などがある。
FOOD & LIFE INNOVATIONSは、回転すし最大手「スシロー」を展開するあきんどスシローと同じく、外食大手FOOD & LIFE CAMPANIES傘下の会社。エー・ピーカンパニーは「塚田農場」を経営する会社でもあり、エー・ピーホールディングスの傘下にある。
また、俗に“カタカナスシ”といわれる、創作性が高い若者に人気のすし居酒屋群の台頭も見逃せない。東京都内にある代表的な店には、新宿の「スシンジュク」、恵比寿の「スシエビス」などがある。
インバウンドの訪日外国人観光客にも受けそうな、すし居酒屋の魅力に迫りたい。
●スシロー系列の「杉玉」
杉玉が誕生したのは2017年。回転すし各社が店舗を増やしてきたこともあり、この頃のすしは明確な日常食になっていた。
江戸時代、すしは屋台で食する庶民の料理だったが、いつしかお祝い事など特別な日に食べる、高級な非日常食に変質していた。それが回転すしが台頭する前のすし店の実態だった。今でも「一見さんお断り」といったように、ハードルが高い高級店も少なくない。
回転すしは、すしを再び日常食に戻す役割を果たした。スシローでは「うまいすしを、腹一杯。うまいすしで、心も一杯。」をスローガンに、おひとりさまでも、少人数のグループでも、気兼ねなく行ける店を構築した。
しかし、回転すしが郊外ロードサイドを中心に展開されたこともあり、すしと一緒にお酒を楽しめる業態は、ほとんどない状況に陥った。日本酒は国酒であるが、近年は需要が低迷して存在感が薄れている。すしと同じ米を原料とする日本酒は、すしに合う最高の食中酒だ。
そこで杉玉は、すしをつまみながら、ひとりでも家族連れでも気軽に楽しめる、大衆すし居酒屋として構築した。
FOOD & LIFE COMPANIESのスケールメリットによる調達力を背景に、スシローでは使わない食材も活用して、コストパフォーマンスの高い料理を提供している。日本酒はすしに合う銘柄を選び、半合から提供して、さまざまな種類を楽しんでもらうように工夫。日本酒の魅力を再発見する場でもある。
杉玉の顧客層は20代後半から50代と幅広い。特に、家族連れが多いのは居酒屋としては異例で、消えゆく町のすし屋に代わる店として機能している。
メニューと空間は共通して、フォトジェニックでインパクトあるものを採用。料理では「杉玉ポテトサラダ」「キャビア寿司」といった商品の鮮やかな彩りが特徴。店頭・店内に吊り下げられた杉玉や、壁面に描かれた力強い絵など、思わず写真を撮りたくなるフックをちりばめている。
壁面の絵は各店舗で違ったものになっている。絵師が手掛けているもので、その店に合ったものが描かれている。22年8月にオープンした香港1号店でも、絵師が現地まで出向いている。
ホールスタッフの制服は、清潔感ある白シャツに粋な蝶ネクタイ、職人的なデニムエプロンと、一般的な大衆居酒屋ではまず見ないコーディネートで、差別化を図っている。
一歩先を行く、すしのあり方を提案するのも杉玉の特長。「極み寿司」シリーズでは、回転すしや町のすし屋にはない新しいタイプのすしを発案している。例えば「燻製寿司」、飲めるような食感の「飲める寿司」など、すしの奥深さを感じてもらえる商品開発を心掛けている。
人気メニューを3点紹介しよう。まず、「ポテトサラダ」は透明のカプセルに入っており、木の土台に乗せて提供される異色のメニューだ。表面は青海苔を塗した緑色で、杉玉のロゴをモチーフとしている。青海苔やガリを使用しており、すし屋ならではのポテトサラダでもある。
「飲めるサーモン」は、とろけるような口融け、まさに飲めるような食感に驚く。
「ねぎまぐろとオリーブオイルの素敵すぎる出逢い」は、すし屋の定番であるねぎとろに、すし屋ではまず使わないオリーブ油を使って仕上げた。意外な食材の相性の良さに、すし屋の可能性を感じさせるメニューだ。
杉玉は5年間で70店ほどにまで増えたが、当面200店を目標に店舗を拡大する。現状、直営とFCの比率は8:2となっている。今後は、杉玉のコンセプトに共感する、各地域の事情に精通した魚を取り扱った経験のある企業を中心にFC店を開拓する方針。
海外も、香港の1号店が好調に推移しているため、他国も含めてのさらなる展開を視野に入れている。
●独特な「や台ずし」
「や台ずし」はヨシックスホールディングスの事業会社であるヨシックスフーズの主力業態。全国で約300店を展開している。
1号店は2000年、名古屋市内に出店。以降、独特な「田舎戦略」に到達し、地元店や他のチェーン店と競合せずに地域一番店を目指す戦略を貫いている。
具体的には、年間を通して一定以上の安定的な居酒屋需要が見込める地域(東海道、山陽、九州新幹線沿線に隣接する市町村)に出店。しかも、乗降客6000人以上の駅前、かつ従業員の雇用が可能な地域に、出店を絞り込んでいる。いわば、1.5等地や2等地にあたる郊外の駅前を選んでいるのだ。
また、「老舗理論」という、店づくりに関する戦略もユニークだ。や台ずしでは、チェーン店の強みである教育制度の充実や効率的なオペレーション、明朗会計を取り入れている。一方で、地元個人店や小型店の優位性である、すし職人の店舗内調理による手づくりへのこだわりや、現地雇用・現地調達によって地域に貢献する姿勢を持つ。
要は、30~40坪程度の席が埋まりやすい中小型直営店を低コストで出店し、大型店と個人店の良いとこ取りを狙っている。
同社では、田舎戦略と老舗理論の効果として、戦略的に1.5等地や2等地に中小規模店を出店して、固定費たる家賃比率を7%台に抑制。家賃比率を抑制した分、仕入れなどにコストがかけられる。良い商材を使ってお値打ち感が高められるというわけだ。顧客満足度の高い料理を提供し集客することで、坪当たり単価を高めて効率的に利益を獲得できるとしている。
もともと、同社のルーツは飲食店向けの建築会社であり、現会長兼社長の吉岡昌成氏が85年に起業している。そのため、内外装、デザインが内製化でき、出店コストを抑制できるのも強みだ。
ヨシックスの調べでは、東海道、山陽、九州新幹線に隣接する市町村にある乗降客6000人以上の駅の数は2511あり、出店可能な店舗数は4638店。その全てにや台ずしを出店するとは限らないが、まだ300店程度ということからも、理論上、マーケットはがら空きということになる。
同社は22年3月期にも8店を新規出店したが、23年3月期には37店の大量出店を見込んでいる。
●使い勝手の良い「立ち寿司横丁」
地鶏居酒屋「塚田農場」で知られる、エー・ピーホールディングスの事業会社エー・ピーカンパニーも寿司居酒屋に進出している。
「立ち寿司横丁」という店で、東京の中野、高円寺、吉祥寺、新宿と、4店まで広がった。店舗デザインには「恵比寿横丁」「渋谷横丁」などの成功で“横丁の仕掛け人”といわれる浜倉好宣社長の浜倉的商店製作所(東京都中央区)を起用。日本の伝統を感じさせる、祝祭的な空間を構築した。
1号店の新宿西口店は18年7月のオープン。立ち席、座れる席が各20席。立ち席は終日、ハイボール、サワーが半額になる。店名に横丁が入っているが、すしの単独店だ。
2号店の中野サンモール店は18年10月オープン。にぎやかな駅前アーケード商店街にあり、1階が立ち食い、2階がテーブル席となっている。計44席。
地鶏のイメージが強いエー・ピーだが、06年から「魚米(現・なきざかな)」「四十八漁場」などといった魚居酒屋業態に取り組んでおり、全国の漁師から朝どれの鮮魚を仕入れるルートを確立している。
立ち寿司横丁では、豊洲をはじめ日本全国の魚市場から、毎朝仕入れるネタをリーズナブルに提供。1貫65円からある。ランチにぎりなら1人前で1000円前後だ。その価格で、赤酢を使用したシャリを使った本格的なすしが楽しめるようにしている。ゆっくり座って食べられるスペースもあり、使い勝手の良い店だ。
3号店の高円寺パル店は20年3月、4号店の吉祥寺ハーモニカ横丁店は20年6月にオープン。どの店もコロナ禍にもかかわらず、ランチ時には行列ができていることが多かった。昼から飲んでいる人も目立つ。ネタの新鮮さには定評があり、人気店として定着していくのではないだろうか。
●若者に人気の「カタカナスシ」
コロナ禍の中で出現し、特に20代、30代の若者からの人気が上昇しているのが、お酒のおつまみとして寿司をおしゃれに提供する「カタカナスシ」といわれる店舗群だ。新感覚の大衆すし居酒屋なのだが、カタカナで表記する店が多い。
代表格は、「スシエビス」。この店を経営するのは、スパイスワークスホールディングス(東京都台東区)。同社の下遠野亘社長は、繁盛店の仕掛け人として飲食業界では名高い人物だ。22年7月にオープンした浅草六区の新名所「浅草横町」は下遠野氏がプロデュースした。
スシエビスは20年11月、東京・恵比寿に1号店をオープン。他にも1月11日にオープンした西新宿、関西では大阪の天王寺、なんば、神戸の三宮などに出店している。坪当たりの月商が50万円を超える繁盛ぶりだ。
江戸前の粕酢(赤酢)の文化を守りつつ、その一歩先を行く黒酢を使った握りすしが3貫299円、職人が丁寧にひと手間加えた「極み寿司」は1貫299円などと、価格もリーズナブルだ。
また、スシエビスでは従来の発想を超えたすしが人気になっている。お酒のあてになる小ぶりの巻きずしとして「あて巻き」を開発。「鯵と梅肉のあて巻き」「アゴ出汁山葵稲荷」などの種類がある。
名物の「エビカニ合戦」は、カニの甲羅に、赤エビの身、ズワイガニのほぐし身、玉子の黄身、たっぷりのイクラをのせており、見るからにテンションが上がる商品だ。さらに、カニの甲羅は、あて巻きの上に乗っているのも特徴だ。
その他にも、イクラをカクテルグラスにふんだんに入れた「いくらカクテル」、まさにライスケーキという感じの「極みユッケと雲丹いくらミルフィーユ」など、同店でしか食べられないユニークな名物が目白押しだ。
お酒は「獺祭」「紀土」「八海山」など、えりすぐりの銘柄をそろえた日本酒が楽しい。
スパイスワークスが手掛けるすし店は同店のほか、新宿が本店の「スシンジュク」などがある。
また、前出杉玉の業態開発にも下遠野氏のプロデュースが生かされている。
●インバウンド需要でさらに成長か
このように、すし居酒屋はリーズナブルな値段と創作性が特徴だ。江戸時代に風呂屋の帰りにすしを軽くつまんで一杯飲む屋台すしを復興させたような空間と料理のフォルムで、人気になっている。
テクノロジーを前面に出した回転すしとは趣を異にしており、街のすし店がなくなっていく隙間を埋めるような地域密着のスタイルで、飲まない人のランチ需要にも応えている。若者の間では、いわゆるカタカナスシがインスタ映えするメニューで爆発的にヒットしている。
コロナ禍以降、夜の繁華街では人が引ける時間が早くなっていて、飲む人も減っているが、普通の居酒屋とは違ってご飯の需要にも応えられるのが、すし居酒屋の強みだ。
すし居酒屋は、訪日外国人のインバウンド需要にも応えられるポテンシャルも持っている。しばらくは順調な成長が続いていくだろう。
(長浜淳之介)